オランダ坂の謎
山手地区を歩くと「オランダ坂」や「オランダ屋敷」などオランダがついたものが目につきます。ところが、坂も屋敷もオランダの建築様式とは何の関係もありません。なぜ、オランダになったのでしょう。
実は、鎖国と大きな関係があります。江戸時代、国交を許されたのは非キリスト教国であったオランダと中国だけでした。出島に訪れる西洋人を当時の長崎の人々は親しみを込めて「オランダさん」と呼びました。
開国後、外国人居留地にはイギリスをはじめ様々な国の人が入ってきましたが、外国人の呼び名は「オランダさん」のままでした。長崎では「外国=オランダ」だったのです。そこで、外国人が往来する石畳の坂道は「オランダ坂」と呼ばれるようになりました。